エーベックスの新たな展開

エーベックスの新たな展開

肌色のファンデーションを塗り、白粉をはたき、眉を作り、まつげをカールさせ、唇に赤い色を差し、人工的にもう1つの顔を作る行為にほかならない。
にもかかわらず多くの日本女性は、土台となる肌に関しては素肌っぽさを愛してやまない。 派手めのメイクが流行した時代も過去にはあったし、目元を強調するメイクは大流行しているが、肌が厚塗りに見えることを嫌う。
あたかも、元から白くキメの細かい肌であるかのように演出する。 興味深いこの志向を端的に表しているのが、女性誌が作り出した「すっぴんメイク」なる造語であろう。
すっぴんとは、化粧をしていない顔のこと。 つまり、メイクをした上でノーメイクに見せるという、なんとも屈折した不思議な化粧法だ。
これには、化粧をしていることがばっちりとわかる化粧よりも高等技術が求められる。 顔のパーツによって下地の色を微妙に変えたり、シミやニキビ、くすみといったトラブルを隠すための専用化粧品を使い分けるといったノウハウが必要だ。
単なる厚化粧の方が、どれだけ簡単なことか。 高度なテクニックを駆使して顔を丹念に作り込んでも、その形跡をあまり見せない。

これが、ナチュラル志向の1つの側面である。 肌質が近いアジア女性に目を向けると、いかに日本女性が「ナチュラル」を追求しているかは明らかだ。
韓国、中国、ベトナム、タイ。 最近は変わりつつあるようだが、それでも彼の国の女性たちははっきりと「化粧をした」ことがわかるように顔を作る。
日本人からすれば、ちょっとケバく見えるようなメイクが基本だ。 ある大手化粧品メーカーがベトナムに進出し、現地に派遣された美容部員が日本流のメイクをベトナム女性に施したところ、評判は散々だったそうだ。
「これじゃあ、化粧とはいえない」「もっと、しっかりメイクをして」、そんな不満の声が続出したため、急遠、現地の女性が満足する(つまり「ケバい」)化粧法に切り換えざるを得なかったという。 女性たちのもう1つのナチュラル志向は、化粧法ではなく化粧品そのものに向けられる。
天然、植物、自然。 こうした言葉がちりばめられた、肌に優しい材料を使った(と称する)化粧品にことのほか弱い。
化粧品そのものに「ナチュラル」を求める志向は、化粧法で「ナチュラル」な肌を追求する志向よりも遥かに強烈で、しかも勢いがある。 仮に天然の植物から材料を抽出したとしても、抽出の過程には人工的なプロセスが不可欠であり、手作りでもない限り100%ナチュラルな化粧品などあり得ないはずなのに、女性はそれを追い求める。

「ナチュラル」の嵐は猛威をふるい、しばしば女性をミスジニドする。 この現象は、化粧品の有害性が注目され始めた1960年代から熱を帯び始めた。
きっかけを作ったのは、いわゆる黒皮症騒動だ。 化粧品を使ったら顔が黒くなったと訴える女性が続々と名乗りをあげたこの騒動は、77年には裁判にまで発展した。
第一次訴訟、第二次訴訟合わせて大阪の主婦ら18名がSやP化成工業、N化粧品(後に個別に和解)など7社を相手取り、化粧品を使って顔面黒皮症(シール黒皮症)の損害を負ったとして、総額1億7690万円の損害賠償請求を行った。 この訴訟で、原告は「多種多様な化学物質が含まれる化粧品はすべて顔面黒皮症の原因たり得る」という一般的因果関係が成立することを前提にし、原告が使用した化粧品の種類や商品名、含有されている原因物質は特定する必要がないとしていた。
しかし、被告側は「黒皮症は一部の物質を含む一部の化粧品により一部の者に発症するに過ぎないので、使用した化粧品を特定する必要がある」と主張。 両者の主張がかみあうことはなく、結局裁判所が和解勧告を行い、81年に被告が和解金5000万円を支払うことで和解が成立している。
一般的因果関係の成立を前提に立証を進めた原告側の手法は、公害訴訟や薬害訴訟にも共通するものだ。 しかし同じ化粧品を使ってもトラブルになる人、ならない人の差があり、アレルギー反応的な側面が強いことを考えると、等しく多数の人間に危害をもたらす公害や薬害訴訟と同じ前提に立つことには無理があるように思える。
この訴訟の意義はむしろ、化粧品会社に安全対策の強化を促すと同時に、消費者に対しては化粧品が時として害をもたらすことがあるので、化粧品の使用には十分な注意が必要だという意識を喚起した点にあった。 消費者運動的な役割を果たしただけでなく、有害性の低い、できるだけ肌に優しい自然素材の化粧品を使いたいという志向を生み出す契機となったのだ。
皮膚が黒くなるから黒皮症という、なんともストレートなネーミングがどれほどのインパクトを与えたかは想像に難くない。 多くの女性が震憾し、化粧品に不信感を持ったことだろう。
キレイになりたいから化粧品を使うのに、それで皮膚が黒くなってしまっては元も子もない。 騒動の後、化粧品の有害性を糾弾する書籍の出版が相次いでいる。
当時、発行された書籍のタイトルを挙げてみよう。 『あぶない化粧品』『悪魔の化粧品』『恐るべき化粧品被害』『化粧品犯罪』『怖い化粧品一〇〇〇種』『不良化粧品一覧』。
これらの内容はどれも似たり寄ったり。 要約すれば、「化粧品は危ない」「素肌こそ番」「化粧に有益な点はほとんどない」「化粧品に高いお金を払うなど、愚の骨頂」という指摘である。

そして、「化学合成物質を多数含んだ化粧品を使えば使うほど肌の調子は悪くなるぞ」と女性の危機意識を煽り、読者に脅しを掛けた。 化粧品が持つ「夢」としての役割を無視し、付加価値をまったく認めない内容ではあったが、こうした本にもまっとうな点が皆無だったわけではない。
化粧品を使って調子が悪くなればすぐに使用をやめようなど、適切なアドバイスも含まれていた。 だが、「大手化粧品メーカーの言い分けすべてウソばかりだから信じるな」と断定する内容は、いたずらに化粧品と化学合成物質のダークなイメージを膨らませた。
当時を知らない人にも、このイメージは脈々と受け継がれた。 それがやがては、自然や天然といった言葉を商売に巧みに利用する化粧品会社の隆盛に力を貸すことになるのである。
増長する負のイメージ。 これには、皮肉なことに化粧品会社の姿勢も一役買った。
化粧品会社に商品の安全性について話を聞くと、一様にこんな答えが返ってくる。 「黒皮症の頃といまとは違う。
現在の化粧品には明らかに害を及ぼすような物質は含まれていない」と。 だが現実には、こうした優等生的な答えを覆すような事件がたびたび起きている。
日焼け防止効果がないのに、さもあるかのような表示をしていた一件が発覚したこともあった。 狂牛病騒動では化粧品に使用されていた成分が問題視さ本当に化粧品は安全なのか、信頼に足るのか。
こうした疑問に応えようと生まれたのがちふれの化粧品だ。 1947年に訪問販売化粧品メーカーとして設立されたちふれ化粧品(当時の名称は東京実業)は、62年に100円化粧品の製造を開始した。


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